「スピリチュアリティ」を語るとき、科学的、あるいは似非(えせ)科学という言葉にも出会うので、今日は『科学 science』について整理をしてみます。

 

科学(science)とは?

科学は、英語の「science」を翻訳した言葉です。

ラテン語の scientia (知識)に由来するそうで、体系化された知識や経験の総称という意味で用いられ、特に観察や実験を重んじる言葉ではなかったようです。(⇒wikiedia『科学』)

今日(こんにち)のように観察や実験を重んじる言葉となったのは、ガリレオやニュートンの時代を経て、17世紀ごろの西洋での科学革命からだと言われています。⇒wikipedia『科学革命』

 

細かい定義は専門家にお任せすることにして、今日(きょう)は、この西洋近代科学を私なりに整理していきたいと思います。

 

科学の特徴は普遍性、客観性、論理性

さて私は、科学とは「この世の事象を理解しようという試み」であり、特徴として普遍性、客観性、論理性という特徴があると思っています。

これは、哲学者 中村雄二郎さんの「科学の知」の概念を参考にしています。

《参照》
wikipedia『臨床の知』
科学的世界観の問題性―フッサール現象学を手がかりに―,田中彰吾(沼津教養教育センター),The Bulletin of School of High-Technology for Human Welfare Tokai Univ., Vol. 15 (2005) 7-14

その他にもネット上では実証性とか、数理性とか、反証可能性とか、帰納性とか、いろんな単語が飛び交いますが、ここはニアリーイコール、そして自分の心の奥底がイエスということを採用させていただきます。

幸せになるヒミツ~自分の最も深いところに従う
幸せになるヒミツ~真理を追究しすぎない

 

心理学の世界では、「科学と呼ばれるための3つの条件」として以下の3つが紹介されていました。

①公共性:同じ事実が一人だけでなく、他人にも認められること。

②反復性:1回だけではなく、何回でも認められること。

③体系性:できれば数学の形をとるような論理的整合性が要求されること。

藤本忠明 (1993) (⇒心理臨床における“科学の知”と“臨床の知”田所 摂寿より)

 

面白いたとえがあるので、引用してみます。

例えばこれを「あるトンネルでは深夜幽霊が出る」という現象が科学と呼ばれることができるのかを証明してみると、「オカルト現象が大好きな僕だけではなく、その場にいた怖がりのAちゃんにも、理科が大好きで将来宇宙ロケットを作りたいと夢見ているB君も同じように白い物体を見た」となると「公共性」という条件が満たされたことになる。

次に「反復性」であるが、これらのメンバーが何度も同じ現象を目撃することができたならば、この条件も満たされることになる。

最後にこの現象の論理的整合性の問題である。例えば「トンネル内の壁にあるペンキのシミがライトの反射によって、ある場所とライトの角度によって白い物体が浮遊しているように見える」と説明できたとするならば、「体系性」という条件が満たされたことになる。

この3つの条件がそろったとするならば、この現象は科学的に証明されたことになるだろう。(しかしながら“幽霊”という不可思議な現象は否定されることになる。)

(⇒心理臨床における“科学の知”と“臨床の知” 田所 摂寿より)

 

これは、「あるトンネルで深夜幽霊が出る」という事象を理解しようという試みですね。

 

 

今日は、このたとえをお借りして、客観性、論理性、普遍性を考察していきましょう。

 

 

①客観性とは

中村雄二郎さんは以下のように述べているそうです。

客観主義とは事物や自然を扱う際に、扱う側の主観性をまったく排除して、それらを対象化してとらえる立場であり、そのようにして捉えられた客観的なメカニズムは、他のなにものにも依存することなく、自立的に存在しうることになるとしている。

(⇒心理臨床における“科学の知”と“臨床の知” 田所 摂寿より)

医学・生理学で言えば、血圧、血糖値、心拍数など、誰でもわかる数値化できるもの。

「痛み」という主観的な感覚は、フェイススケールなどを使ってなるべく数値化しています。(⇒ペインクリニック学会のHP)

 

先ほどの「あるトンネルで深夜幽霊が出る」という事象では、誰が見てもわかる写真や、幽霊の声が聞こえるビデオなどがほしいところです。

レントゲン写真でも超音波写真でも良いので『他の何物ものにも依存することなく、自立的に存在する』何かがあると良いですね。

 

もちろん、どんなに鈍感な人でも確実に出会えるという事実も必要でしょう。

 

②論理性とは

中村雄二郎さんは、

論理主義とは事物や自然のうちに生ずる出来事をすべて論理的な一義的因果関係によって成り立っているという立場。(⇒心理臨床における“科学の知”と“臨床の知” 田所 摂寿より)

と、述べています。

血圧であれば、血管の収縮、拡張と因果関係が成り立ちます。すなわち、血圧は血管が収縮すると上がり、拡張すると下がるという論理性です。

 

「あるトンネルでは深夜幽霊が出る」という事象では、例えば、同じトンネルで以前に死亡者がいたという出来事と因果関係が成り立てば、論理性があるでしょう。

推測は簡単ですが、因果関係を立証するには複数例の実例が必要になります。もし他にも何十、何百もの実例があるなら、因果関係は色濃くなります。

ただし、「死亡者がいたのに幽霊がでない。」「死亡者がいないのに幽霊が出る」という反対の実例も集めて統計的な処理が必要です。

深夜の死亡者だから幽霊になるのか、年齢やこの世への思い残し、何年前までの死亡者なら幽霊になるのか(数年前までなのか、縄文時代まで遡るのか)、などの分析も必要かもしれません。

 

また、トンネルの長さ、深夜の明るさ、近くの民家からの距離なども関係あるかもしれません。

相関関係のある要素が見つかれば、因果関係が立証できる可能性も開かれますね。

 

 

 

③普遍性とは

中村雄二郎さんはこのように述べています。

普遍主義とは事物や自然はすべて量的なものに還元されることになり、地域的、文化的、歴史的な特殊性は簡単に乗り越えられて同じものがどこにでも通用することになる。

(⇒心理臨床における“科学の知”と“臨床の知” 田所 摂寿より)

血圧なら、血管を拡張するとほとんどの人は血圧が下がります。北極でもハワイでも同じです。

もちろん、気温やストレスなどによって下がり方は変わりますが、おおむね同じ現象が起きます。

 

「あるトンネルでは深夜幽霊が出る」という事象の場合はどうでしょうか。

条件が揃ったら地球上どの地域でも起きる普遍的な事象であれば、科学的研究をする意味が出てきます。

なぜなら、幽霊が出るトンネルと、出ないトンネルを予測できるからです。

幽霊が出るトンネルを出ないようにするための方法も見つかるかもしれません。(前もってお祓いするとか・・・。)

 

おそらく幽霊の場合、見えたり見えなかったり、どこに出るかも神出鬼没で予測不可能であるため、客観性、論理性、普遍性の科学の枠組みでとらえにくいのではないでしょうか。

だから、そんなのは気のせいだとか、信頼できないとか、否定せざるを得ないのでしょう。

 

科学もスピリチュアリティも心に留めおく。

いかがでしたでしょうか。

『科学(science)』のイメージを感じていただけましたでしょうか。

 

しかしながら、『科学(science)』の言葉、客観性、論理性、普遍性で語ることができるのは、この世界のホンの一部であることも事実です。

『科学(science)』『スピリチュアリティ』も、両方心に留めおきつつ、この地球の生活を楽しんでいきたいものです。

 

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プロフィール

飯田 みゆき
飯田 みゆき森と魂のセラピスト