現地時間13日夜にパリで起きた同時多発テロ。
とても痛ましい事件で、多くの罪もない人たちが殺された。

15日朝、SNSに流れるニュースを見ていられなくなり、電車の中で祈りをささげることにした。

祈りの中で感じたことは、「さみしさ」

なんだろう、これは・・・、と思って、その寂しさを体験していると、怒り、孤独、そして絶望感が感じられる。

犠牲になった方や、家族の方の気もちなのかなと思って感じていたら、ふと気付いた。

これは、銃撃したテロリストの気持ち。

 

自分の存在を踏みにじられる憤り

何をしても安息は得られないという絶望感

幸せを奪っている者への怒り

 

圧倒的な孤独感に押しつぶされそうだった。

 

これが、銃撃への原動力なのか。

 

私はテロの現場も空爆の現場も体験したことがない。私の想像など及びもしない現実が存在するのだと思うが、それでも涙があふれ出る程度の感情が現れる。

この秋から私は「プロセスワーク」を学んでいる。プロセスワークでは、個人に存在するものと同じように集団にも「シャドー」が存在すると考える。

テロは、このシャドーからのメッセージなのではないだろうか。

テロリストが持っている怒り、孤独、絶望感は、私の中にもある。排除しても、排除しても、私の中にある限り、私の目前の現実としてあらわれる。

それがたとえ遠い国のニュース報道という形であったとしても、私の心にを落とす。

アインシュタインは、「問題を作りだした意識状態では、問題を解決できない」と言っている。

では、「問題を解決できる意識状態」とは何か。

その答えを私は持っていない。

 

しかし、私の中のシャドーを感じて、一緒にいることはできる。

 

この事件で犠牲になった方々と、ご家族の皆さまに祈りを捧げます。

そして、銃撃をした人々へも祈りを捧げます。

あなたも私の一部です。

 

 

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プロフィール

飯田 みゆき
飯田 みゆき森と魂のセラピスト