森林療法と養生法~ボディ,マインド,スピリット,シャドー,社会的健康

NPO法人日本森林療法協会では、森林療法を「健康のために森林を活用すること。」と定義しています。

 

そして、「森に行って自然に無理なく自分自身をケアする健康法」が、森林セルフケアです。

 

 

次に健康とは、病気でないだけでなく、心と体、そして社会的な充実を意味します。

【参照】WHO憲章前文より

『健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること。:Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity. (日本WHO協会訳) 』

※この健康の定義には、1998年に動的平衡を意味するdynamicと、人間の尊厳の確保などの観点からspiritualを付加することが提案されましたが、現行の健康定義は適切に機能しており審議の緊急性が他案件に比べて低いなどの理由で、審議入りせず採択見送りとなったそうです。http://www.japan-who.or.jp/commodity/kenko.html)

 

そして養生とは、

生を養うこと。すなわち人間の身体の状態を整えること、健康を増進すること、病気の自然治癒をうながすこと。
(Wikipedia「養生」)

であり、養生法は、一人一人が自分の「生」を大切にして「養う」ための方法です。

食事、運動、休養など養生法は無限にあり、森林と触れ合う選択肢が森林養生法です。

 

ケン・ウィルバーが提唱した「インテグラル理論」では、人間存在に「ボディ」「マインド」「スピリット」「シャドー」という4つの領域を設定して、それらに同時並行的にとりくむことを重視しています。

 

 

今回は、この4つの領域&社会的健康の5つの側面から、森林養生法を考察していきましょう。

 

 

1.肉体(physical)、ボディと森林養生法

森林の中では自然と体を動かすことになるので、心肺機能や筋力が鍛えられます。足元の悪い道を歩くとバランス感覚が養われ、抑うつ状態の時には体を動かすことで神経系が整います。生活習慣病予防には、中等度の強度(心拍数110~120)、20分以上の運動が良いと言われています。

森林療法は、生活の中で定期的に体を動かすことで、自律神経を整え、肉体的な養生法として活用できます。最近は、公園でウォーキングも流行っていますね。

実際に、自律神経の調整、血圧低下、ストレスホルモンの低下など、「ボディ」への健康効果が認められています。

 

さらに、森の中は五感への刺激に溢れています。五感に集中することは、「ボディ」を観察すること。ひとつひとつ、感覚を大切に味わうことで、自分への信頼感や、本来の自分の力とのつながりを取り戻すことができます。

 

2. 精神(mental)、マインドと森林養生法

森の中で心地よくリラックスした体験は、皆さん持っていますよね。

「森林浴」という言葉は、1982年7月22日の朝日新聞の記事に、当時の林野庁長官が、 「自然休養林などの国有林を積極的に活用し、森林レクたたリエーションを楽しみながら健康な体作りをしましょう」と呼びかけた「森林浴構想」がきっかけでした。心地よく、楽しい体作りは養生法の基本です。

さらに、生態系としての自然界の法則を学ぶことは、地球の法則を学ぶこと、そして自分も自然界の一部であることを改めて感じることが可能です。

 

特に、植物の生き方を詳しく学ぶうちに、植物はいつも自分中心に生きているのに、森林生態系全体ではバランスを保ち、持続可能であることに、私は衝撃を受けました。

私たちも、一人一人が本気で自分自身のために生きることで、調和のとれた世界になるのではないでしょうか。今、私も本気で自分のために生きようと思っています。これも、「マインド」を通して「生を養う」一つの方法だと思います

 

 

3.霊性(Spiritual)、スピリットと森林養生法

森林養生法に一番大きな影響を与えているのが、このスピリットだと思います。

まず、「スピリチュアリティ(霊性)」とは、なんでしょう。宗教的だったり、オカルト的だったり、人によって千差万別だと思いますが、ここでは、以下の意味合いで使わせていただきます。

「聖なるもの」や「大いなるもの」との出会いやつながり(あるいは一体感)によって、自分が「生かされている」ことを実感するものである。

(西平直による第四の位相:wikipediaより)

 

 

森林では、この「大いなるもの」とつながる感覚が「生を養う」大きな役割を果たしています。ご自身が壊れかけたとき、ただ、自然の中で過ごすだけで、なぜだかわからないけれど、自分を取り戻した経験を持っている人は多いでしょう。

ネイチャーゲーム創始者でアメリカのナチュラリスト、ジョセフ・コーネル氏は、著書の中で以下のように述べています。

多くの人は自然の中で過ごすことを心から楽しみますが、それは自然の中に自身を高める大切なものがあることを見抜いているからです。

より

 

自然界は、私たちをただ、ありのままに受け入れます。批判も否定もアドバイスもしません。そして、移ろいゆく生命の営みの中に自分自身も存在することを思い出させてくれるのでしょう。これは、500万年にわたる人類の歴史の中で99.99%以上を自然環境の中で生きてきた遺伝子の記憶によるものなのかもしれません。

 

2008年、私は目の前の現実から逃避するために1週間休みをとって長野県の穂高養生園で過ごしたことがあります。穂高養生園は、安曇野の森の中にある養生を目的とした宿泊施設です。食事は朝10時半と夕方5時半のみ、その他の時間はすべて自由時間です。私は施設でゴザを借りて、近くの森で毎日瞑想をしていました。

季節は11月上旬、秋真っ盛り。森の中で瞑想をしていると、サルの群れがやってきました。子ザル、親ザル、ボルザル(のような大きいサル)、全部で20匹くらいでした。

お菓子を持っていなかったし、瞑想でぼんやりしていたことも影響しているでしょう、不思議と怖くありませんでした。

サルたちも私に気づいていたようですが、特に興味を示すことなく、食べ物をつまみながら、私の前後を遠巻きにして通り過ぎていきました。一番近くを通ったサルは、10mくらいの距離だったかな。

この、「サルに無視された体験」は、まるで自分が森の一部になったかのような、不思議な体験でした。『こちらに攻撃の意思がなければ、相手は攻撃してこない。』と感じた体験は、自分を超えた「大いなるもの」とのつながりを感じさせてくれた、貴重な体験でした。

「私はこの世界にいても安全である。」

穂高の森に、そう教えてもらったような気がしています。

(2008年11月、穂高養生園にて撮影)

 

 

もちろん、穂高養生園のスタッフにはサルには十分注意するように言われました。しかし私の中では、自然界や人間社会との関わりを信頼する記憶として大切に保管されています。これが、もしかしたら次に語る「シャドー」への信頼に繋がっているのかもしれません

 

4.シャドーと森林養生法

「シャドー」とは、私たちが日常生活の中で拒絶・隠ぺいしている性格や感情などです。こうした無意識の領域を積極的に探求して、そこに隠ぺいされているものを健全な形で解放・統合することは、私たちが包括的な治癒と成熟を実現していくためには必須の活動です。

(「ケン・ウィルバー『インテグラル理論入門』春秋社」より)

 

スピリチュアルセラピーや心理カウンセリングでは、この隠ぺいされてきた「シャドー」を積極的に探究します。森林そのものは何をするわけでもありませんが、森の中でヒトは無意識に「大いなる存在」を感じ、「シャドー」に向き合う勇気を与えられるように思うのです。

多くの人が、自分が隠している「シャドー」に気づくことを恐れています。私もそうでした。だから、スピリチュアルセラピーや心理ワークを避け続け、その代わりが森林だったのです。「サルに無視された体験」をはじめ、自然界に無条件に受け入れられる体験を繰り返しているうちに、私は「大いなるもの」への信頼を感じられるようになっていたようです。

 

 

しかしそれだけでは、まだまだ不十分で、現実世界の苦しさに耐えられなくなり、満を持してスピリチュアルセラピーの世界に飛び込みました。

スピリチュアルセラピーでは、自分の内側と何度も何度も対話しました。「シャドー」として隠していた、見たくなかった自分、拒絶していたかった自分と対話を重ね、統合することで少しずつ生きることが楽になっていきました。

私に「シャドー」と向き合う勇気をくれたのは、自然の中での体験でした。すべてを受け入れてくれる大自然への信頼の記憶が、「シャドー」への信頼に繋がっていると感じます。これが、「シャドー」と森林養生法との関わりではないかと思っています

 

5. 社会(social)と森林養生法

直接的には林業ボランティアという方法があります。植林、枝打ち、間伐など林業のボランテイアを通して健康な森づくりに貢献することは、社会的な充実感をもたらします。

ところが、森林はもっと奥深い効果を持っています。「森林療法の後は家族にやさしくできるんです。」と言う、3人子育て中のママがいます。ボディ、マインド、スピリット、シャドーでの養生法で「大いなるもの」とのつながりを体験すると、他者とのつながりも変化します。それは、自己を超えた存在への信頼から来るのでしょう。森林で「生を養う」ことを重ねていくことで、社会的にも充実していくことが可能なのだと思います。

(北海道下川町で間伐体験後に玉切りをする私)

 

 

以上、ボディ、マインド、スピリット、シャドー、そして社会的健康の5つの側面から森林セルフケアによる養生法を考察してきました。

養生法は、星の数ほどあります。その一つが森林セルフケアであり、森林セルフケアにも星の数ほど方法があります。ひとりひとりが、自分に合った養生法を見つけていくその過程こそが、本当の養生法なのかもしれないですね。

 

※2017年6月NPO法人日本森林療法協会会報誌掲載文より改編

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プロフィール

飯田 みゆき
飯田 みゆき森と魂のセラピスト
薬剤師/公認心理師/産業カウンセラー/プロセスワークプラクティショナー/森林インストラクター/森林セルフケアコーディネーター/メディカルハーブプラクティショナー/ドルフィンスターテンプル認定ヒーラー/日本森林療法協会元理事