内受容感覚と感情制御~「幸せになる力」のヒミツは自分の感情に深く正しく気づくこと。
こころの健康とは、自分の感情に気づいて表現できること
厚生労働省のホームぺージには、心の健康に関するページがあり、以下のように書かれています。
こころの健康とは、世界保健機関(WHO)の健康の定義を待つまでもなく、いきいきと自分らしく生きるための重要な条件である。
具体的には、自分の感情に気づいて表現できること(情緒的健康)、状況に応じて適切に考え、現実的な問題解決ができること(知的健康)、他人や社会と建設的でよい関係を築けること(社会的健康)を意味している。
人生の目的や意義を見出し、主体的に人生を選択すること(人間的健康)も大切な要素であり、こころの健康は「生活の質」に大きく影響するものである。
私は、心の癒しは「幸せになる力」に気づく旅だと思っています。
「幸せになる力」の一つが、感情と仲良くなることです。
「幸せになる力」を感じられないときは、多くの場合、怒りや悲しみなどの感情に覆われているとき。
このとき、「怒り」や「悲しみ」をきちんと自覚していることは少ないもので、大抵は、「モヤモヤ」「イライラ」「悶々」など、もわ~っとした感じに覆われています。
この、もわ~とした感じは、そのままにしておいても消えてなくなることはありません。無意識の中に入り込み、「シャドー」となって幸せを感じることを邪魔するようになります。
ところが、この、もわ~っとした感じに「怒り」や「悲しみ」などの名前をつけて自覚すると、感情に対処できるようになり、「幸せになる力」を感じられるようになります。
だからこそ厚生労働省も、こころの健康の一番目に
自分の感情に気づいて表現できること(情緒的健康)
を記載しているんですね。
関西大学の福島先生は、以下のように述べています。
自分の感情に適切に対処するためには、まずその感情を適切に認識する必要がある。
うまくその感情を制御できないと、感情に振り回されたり、対人関係に悪影響を及ぼしたりすることにつながる。
さらに、感情を自覚できないと、ストレスが身体的な不調として現れやすくなる。
~中略~
自分の感情に深く正しく気づくことは、ある種の「叡智」と呼べるだろう。
「自分の感情に深く正しく気づくこと」
・・・とてもステキな言葉です。
内受容感覚から感情に気づく
でも、「シャドー」に取り組むのは、慣れと根性が必要で、ちょっとハードルが高くなります。
まず、気軽にできることは、カラダを感じること。
なぜなら、感情はカラダの感覚としてやってくるからです。
先ほどの福島先生の論文には、内受容感覚と情緒的健康とが関連するという研究が紹介されています。
内受容感覚とは、心と身体をつなぐ感覚のことです。
・感情制御尺度の得点と心拍知覚課題の成績との正の相関を報告した研究がある。この研究ではいわゆるサイバーボール課題で仲間はずれを体験したときに、心拍知覚課題の成績が良い方が、落ち込みを感じにくいというデータも示している。
・心拍知覚課題の成績が良い方が、スピーチ不安を感じづらいという報告もある。
・感情制御をしながら感情画像を見た際の脳波の反応をしらべたところ、心拍知覚課題の成績が高い人達の方が、認知的再評価による脳波振幅の抑制量が大きいことが報告された。
・質問紙研究でも、参加者の日頃の体調の認識力や内受容感覚に対して受容的に注意を向ける傾向などが高いほど、感情抑制能力が高かったり、ストレス抵抗力(レジリエンス)が高かったり、あるいは特性不安が低かったりすることが報告されている。
~中略~
抑うつ、拒食症、身体表現性障害、そしてアレキシサイミア(感情失認)などでは、内受容感覚課題の成績が低下しているという知見がある。
心拍知覚課題とは、内受容感覚の敏感さを測定する方法のひとつです。
心拍知覚課題は、内受容感覚の鋭敏さを測定する代表的な方法の一つで、一定時間内に被験者において実際に観察された心拍数と、その被験者が感じたと報告した心拍数の乖離を指標とする。
乖離が小さければ、内受容感覚が鋭敏であり、大きければ鈍麻である、と解釈される。
(寺澤悠理 バイオフィードバック研究 vol.44,no.2,2017 感情認識と内受容感覚―感情関連疾患と内受容感覚の下位概念について)
どうやら、内受容感覚が敏感であればあるほど、感情と仲良くなれそうですね。
内受容感覚が敏感なのは良いこと? 悪いこと?
ところが、不安が大きい症例で内受容感覚が敏感だとの報告もあり、内受容感覚は敏感であればあるほど良いわけではなさそうなのです。
不安障害やパニック障害、あるいは過敏性腸症候群では、心拍や胃腸の活動に対する知覚の亢進が報告されている。
~中略~
非臨床群を対象とした研究でも、心拍知覚課題の成績は特性不安や社交不安等の性格特性と相関することが報告されている。
内受容感覚が敏感なことは、良いの? 悪いの?。
内受容感覚が敏感な方が感情にも気づいて制御できるはずなのに、不安が大きくなるということは制御できてないじゃない。
これいかに?
研究者を悩ませる大きな矛盾です。
ちなみに身体を感じる心理療法である自律訓練法でも、不安が増強することが注意喚起されています。
自律訓練法中、かえって不安感が増強する者が一定の割合で存在することに注意が必要である。
(岡 孝和,小山 央:自律訓練法の心理生理的効果と心身症に対する奏功機序.心身医学 vol.52,no.1,25-31,2012)
この矛盾には、いくつかの仮説が存在します。
①認知の影響
一つ目の仮説は、「認知」の影響です。
私たちは、身体感覚だけで感情を感じているわけではありません。
同じように心臓がドキドキしていても、嬉しくて興奮しているときもあれば、恐ろしくて緊張しているときもあります。
同じ「心臓のドキドキ」を「嬉しい」と認識するか、「恐ろしい」と認識するかは、状況判断に頼ることになります。
この判断プロセス、情報処理プロセスを、心理学用語で「認知」と言います。
目の前で人がニコニコ笑っていて、心臓がドキドキする。
そんなとき、あなたはどんな感情を認識するでしょうか。
「嬉しい」「楽しい」と認知するかもしれないけど、もし、バカにされて嘲り笑われた過去があったら、今回も嘲り笑われているかもしれないと判断して「恐ろしい」と認知するかもしれません。
何でも悪い方に考えてしまうマイナス思考を持っている人の場合、内受容感覚が敏感であればあるほど、不安が大きくなってしまうことが考えられます。
不安やパニック障害などでは、身体感覚の変化に破局的な思考が結びつきやすいという認知の癖があると考えられる
~中略~
不適切な認知バイアスや信念にとらわれている場合には、内受容感覚の敏感さは悪い方に働くと考えることができる。
②正確さの影響
もう一つの仮説は、正確さの影響です。
敏感であることと、正確であることは異なります。
内受容感覚が弱い人ほど、わからない状態・曖昧な状態をなんとかするために、より敏感になることがあります。
内受容感覚をとっても敏感にして、ちょっとした変化もすべて見逃さずにチェックしていたら、どうなるでしょう?
正常範囲内の身体の変化も「重大な変化」として意識に送り、「すわ、緊急事態だ!!」と認識してしまうでしょう。
それは、とっても不安な状態です。
内受容感覚が亢進しているように見える抗不安者の臨床像は、「身体感覚がわかりすぎて気になる」というよりも、むしろ「身体感覚がわからなくて推測を過剰に、不正確にしすぎている。」ものだと解釈することもできる。
内受容感覚は敏感であればあるほど良いのではなく、状況と合わせて判断する「認知」の適切さ、緊急性があるのかどうかを感じ取る正確さが重要なようです。
内受容感覚と感情の明確化
産業カウンセラー養成講座では、感情を大切に扱います。
カウンセリングの場で表現されているクライエントの感情を伝え返し、まだ言葉にされていない感情を明確化することで、クライエントが自分の感情に気づき、洞察を得ることをサポートします。
内受容感覚は、感情を明確化する力、すなわち識別能力とも関係があります。
感情には、快-不快を感じる感情価と、心の活性度(鎮静-覚醒)を感じる覚醒度の二つの次元があると言われています。(ラッセルの円環モデル)
このうち、感情の明確化に関係があるのは、覚醒度の細やかな違いを弁別する力です。
覚醒度の違いの識別力が高い人は、怒りと悲しみの違いや動揺と抑うつ状態の違いを弁別することができる。
覚醒度フォーカスが低いと、こうした感情をほとんど同じように扱う傾向がある。
そして極端に覚醒度フォーカスが低く、覚醒度の違いがわからない人は、感情の識別力が目立って低いと考えられる。
ラッセルらはこのような状況を「極端な感情価フォーカス」と呼び、不安や抑うつなどにみられる特殊な状況だと論じている。
そして、内受容感覚と関係が深いのは、覚醒度フォーカスの程度なのだそうです。
心拍知覚課題の成績が相関するのは覚醒度フォーカスの程度であり、快-不快の次元である感情価フォーカスの度合いとは相関しなかった。
このように、覚醒度フォーカスには身体感覚(とくに内受容感覚)を重視することが対応すると考えられる。
~中略~
内受容感覚は直接的には覚醒度の感覚に関わるものの、感情認識の「解像度」にも、覚醒度の識別を通して間接的に影響していると考えられる。
以上をまとめると、
内受容感覚に敏感・正確である。
↓
覚醒度フォーカスが大きく、覚醒度を細やかに弁別する。
↓
感情の識別能力が高く、感情が明確化できる
という図式が成り立ちます。
自分の感情に深く正しく気づくことは、宇宙の進化に貢献すること。
内受容感覚を敏感に、正確に知覚し、状況と合わせて適切に「認知」することは、
「自分の感情に深く正しく気づくこと。」
自分の感情に細やかに気づき、感情に振り回されることなく対処し、社会的関係にも適切に対処できる能力を「感情知能」と呼ぶことがあります。
それは、自分の感情と仲良くなること。
決して、感情を抑えつけたり、なかったことにしたりするわけではありません。
怒った自分
泣いた自分
恨んだ自分
も、自分の一部であると認め、抱きしめることです。
シュタイナーも、感情を進化させることが人類には必要だと言っていました。
私たち人間が感情を深く豊かにしていくことで、宇宙は進化していくのかもしれません。
人間の知性の進化、感情と意思の浄化、高貴化は、感情体を霊我にまで進化させる過程に他ならない。
自我の課題は、肉体、生命体、感情体を変化させて、それらに自我の本質を顕現させることである。
ルドルフシュタイナー『神秘学概論』より
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感想(4件)
そのための第一歩は、身体を感じること。
内受容感覚に意識を研ぎすませること。
方法は、たくさんあります。
お好きな入口からお入りください。
グラウンディング
自律訓練法
森林療法
情動に潜んで在る理知を生かすには、豊かに情動的であることの中に適応性と幸福感の鍵を見出だす。
オープンな情動的環境の中で正負さまざまな情動を濃密に経験する中で培われうる。
遠藤利彦『「情の理」論』より
プロフィール
- 薬剤師/公認心理師/産業カウンセラー/プロセスワークプラクティショナー/森林インストラクター/森林セルフケアコーディネーター/メディカルハーブプラクティショナー/ドルフィンスターテンプル認定ヒーラー/日本森林療法協会元理事
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