「英語学」を勉強してみたいなどと・・・。

中学時代から日記をつけています。

時に毎日、時に数年空いたりしながら、適当に感じたことを綴っています。

 

最近、2012年夏から書いていたノートが終わりまして、新しいノートを買いました。

新しいノートに初めて書くときには、なんとなく前のノートの振り返りと、これからの自分を考えてみたりするものです。

 

いつものように、2012年から今までにやったこととか、これからやりたいこととかをブラブラ書いていたら、ふと降りてきてしまいました。

「英語学を勉強したい。」

えっ???

あの~、私、今まで時間とお金をかけて自然科学とか、ハーブとかアロマとか、心や魂のこととか勉強してきたんですけど・・・。それを置き去りにして「英語学」とは、これいかに??

私の心は語る。

「いや、だって、あまりにも考え方の違う言語で、どうしてそうなっちゃうのか、気になるんだもの!!」

ふう~ん、そうですか。

 

確かに、どうしてそこまで考え方が違うんだろうという不思議はしょっちゅう感じてきた。

特に、子供向けの洋書を読むようになってから、日本にいると当たり前に感じることが、まったく違うアプローチで言語化することにびっくりすること多々あり。

そして、そんな疑問を抜きにしてただ「覚えてしまいましょう~」という英語学習の方法にも疑問がいっぱい。

 

植物化学を教えていて感じている「覚えるのではなく、妄想する」という世界が、英語にも通じるのではないだろうか。

電子の世界から感じる植物化学の世界は、とても生き生きとしていて愛すべき化学成分たちがにっこり微笑んでいる気がするの。

それと同じように、英語という言語の根底に流れるスピリットを学ぶことは、この言語の持つ独特のリズム感に命を与え、もう一つの多次元世界につれて行ってくれそうな気がするのです。

そう、これは多次元世界への入り口のひとつなのだ!!

 

これはおそらく、40過ぎて英語を学び始めたからこその好奇心ですね。子供のころに生活してバイリンガルになったり、20才前後に留学して現場経験で取得していたら、こんなヘンテコな疑問は持たなかったでしょう。

そうは言いましてもですね。目の前にはNPO法人の年度末の会計報告のまとめとか、森林セルフケアフォーラムの雑務とか、置き去りにしているセールスフォースをどう利用するのかとか、課題は山積なのです。

ただ、自分の好奇心が刺激されていることは確かです。

先日「ファシリテーターなりたい!!」と宣言したばかりなのに、次から次へとやってくる好奇心に自分でも手を焼いています。

しゅうしゅうがつかないというこのばしょで、しばらくりらっくすしてみましょうか・・・。ね。

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